自分の間違いは堂々と認める

「うまくいっている人の考え方」という本の7つ目を今日は考えています。

テーマ:自分の間違いは堂々と認める

感想

ここでは、自分が間違いをしたとしても、正しいことをしたとしても、常に自分には価値がある。という立場から考えています。ここでは間違いや失敗が何であるか書いてありません。ただ、間違えや失敗というのは多くの人が感じるものであるということについては納得できます。朝家を出るときに忘れ物をしたとか、道を間違えた。などの失敗や間違いをする事はよくあります。本の中では失敗をすると辛い気持ちになってしまうので、多くの人は失敗を認めたがらないと書いてあります。ここについてもまあそうだろうと納得できます。失敗について自分で気づいたり、人に指摘されるとムッとします。そういう気持ちにならないために失敗を認めたがらないそうです。なるほど、失敗や間違いをすると辛い気持ちになるのは仕方ない事としていて、辛い気持ちにならないようにする事は考えていない。うまくいっている人であっても辛い気持ちになってしまうんだなあと思いました。それを踏まえて、辛い気持ちになってしまう自分を受け入れてあげると自分を嫌いにならないのかなあ。まあ、むずむずするけど、失敗をする自分も認めてあげるっていうこと。仕方ないかと思ってしまえば、それだけで気が楽になる。確かに失敗や間違いをするといやだと言う気持ちになるけど、嫌な気持ちになったあとでその気持ちを認めないところで、いやな気持ちになった事はなくならない。だったら、いやな気持ちになったなーと受け入れたほうがいいのかもしれない。過去を変える事は出来ない。ただ失敗を受け入れて何が変わるのか。マイナスがゼロになるけど、プラスになることはあるのだろうか。確かにマイナスをゼロにするのは魅力的だが、何かプラスがなければ、自分は悪くない。という気持ちよさを捨ててまで、自分の失敗や間違いを受け入れたくはない。自分は悪くないというのはとても気持ちがいい。他人からきみは悪くないと言われるのもとても居心地が良い。こんなにもオアシスに居るかのような快適さを捨ててまで、わざわざ灼熱の砂漠に出ていって全力疾走しないといけないぐらい間違いを認めるのは苦痛だと思う。本の中ではそんなに肩ひじ張って生きなくて良いと書いてある。実は本の一つ前の6項目目に失敗は学びの絶好の機会であるとある。間違った解決法を1つ消すことができ、成功に近づくからだそうだ。一つ失敗すれば一つ学んだことになる。このことも考えるとマイナスがプラスになると判断していいのかもしれない。灼熱の砂漠を全力疾走したら体力がつくよね。みたいな感じかもしれない。成功を求めていないことに関しては失敗ではないと言えるかもしれない。ただし、なにかする時はある目的の元で行動をするから、すべてにおいて成功をしたいということになるかもしれない。